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東京高等裁判所 平成8年(行コ)31号 判決

千葉県市川市伊勢宿一六番八号

控訴人

早川和則

右訴訟代理人弁護士

佐藤義行

後藤正幸

千葉県市川市北方一丁目一一番一〇号

被控訴人

市川税務署長 太田佳孝

右指定代理人

湯川浩昭

田部井敏雄

吉原利弘

小野雅也

清水守

主文

本件控訴を棄却する。

訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立て

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が、控訴人に対して、平成三年二月二〇日付けでした控訴人の昭和六二年分、昭和六三年分及び平成元年分の各所得税の更正処分のうち、昭和六二年分の所得金額二二五万三二九二円・所得税額二五万七五〇〇円を超える部分、昭和六三年分の所得金額二四八万七三八六円・所得税額二四万八七〇〇円を超える部分、平成元年分の所得金額三一四万九九八五円・所得税額三二万九八〇〇円を超える部分(ただし、平成五年一二月二〇日付裁決により一部取り消された後のもの)をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二主張

一  当事者の主張は、次に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

二  当審における控訴人の主張

1  推計方法の不合理性

(一) 被控訴人の主張に係る控訴人の総収入金額の推計方法は、いわゆる効率法の手法によるものである。効率法における推計の目的となる数値(生産量、売上金額等)は、これと確実に因果関係の認められる数量(販売個数、稼動設備数、投下材料、労働力、動燃料等)を基礎に、合理的に計測されたその数量、単位当たりの数値によって算定されなければならない。ところが、被控訴人は、仕入麺一玉当たりの売上金額なるものによって、控訴人の事業に係る総収入金額の全体を算定しているところ、控訴人は、昭和六二年分、昭和六三年分及び平成元年分(原判決にいう「本件各係争年分」)の各課税年度当時、前菜類、魚貝類、牛肉類、豚肉類、鶏肉類、豆腐・玉子類、野菜類、スープ類、麺類、飯類、点心・デザート類及び飲物類の一二部門(平成元年四月一日以前は前菜類を除く一一部門)の商品を販売しており、このうち売上高と中華麺の消費量との間に一定の関連性(因果関係)が認められるのは、麺類部門の売上のみであり、残りの一一部門(平成元年四月一日以前は一〇部門)の商品については、その売上高は中華麺の消費量とは全く無関係である。しかも、被控訴人が国税不服審判所に提出した意見書によると、被控訴人は、控訴人の売上原価について、平成元年分については、控訴人から提示された平成元年分の仕入れに係る領収証及び取引先等に対する調査により、青色決算書記載の売上原価の額と同額となることが確認できた旨、また、昭和六二年及び昭和六三年分については、被控訴人の調査により把握できた米、麺などの主要な仕入金額が、控訴人が提示した両年分の集計表のこれらの仕入金額と同額であると確認できた旨自ら説明していたのであるから、米その他麺以外の主要な原材料についてもその仕入内容を具体的に知り得る立場にあった被控訴人は、効率法を採用する場合でも、容易に本来の正当な手法によって控訴人の総収入金額を推計し得たし、また、真摯にこれを行うべき義務があったのである。したがって、被控訴人は、控訴人の売上を少なくとも麺類、料理類及び飲物類の三系統以上に分けて集計し、各系統の各売上金額をこれに対応する原材料である麺玉、米及び飲物等の対応関係の認められる品目の消費量によって推計するのが通常の効率法の方法であり、そうすることにより、麺類以外の売上金額の推計においても、効率法的妥当性を担保することができたのである。被控訴人の推計には、本件総収入金額推計の方法的誤謬による違法があったことは明らかである。

仮に、麺類部門の売上にしか及ばない効率法による推計の妥当性を他の部門の売上全部に及ぼすことができるとしても、そのためには、まず、サンプル期間における中華麺の一玉当たりの麺類売上金額と当該期間の属さない他の年分の通年の中華麺の一玉当たりの麺類売上金額とが概ね一致していなければならず、また、麺類売上が発生したときに麺類以外の部門の売上が発生することにより成立する総売上倍率(総売上金額を麺類売上金額で除した数値)、換言すれば、総売上に占める麺類売上の構成比率は概ね一致していなければならない。ところが、本件においては、いずれの条件も満たしていないから、右効率法による推計は合理性がない。

(二) 被控訴人が実売上金額を算定した期間である平成二年九月二七日から同年一〇月二三日まで(休業日を考慮すれば二四営業日)の間の売上金額をもって、本件各係争年分の各売上金額算定の基本的な数値とすることは、季節による営業実態の変動を反映しておらず、合理性がない。控訴人が販売する商品の一つである冷麺は、毎年五月から九月中旬までの四か月強の主力商品の一つであるが、冷麺一人前を作るのに中華麺一・五玉を要するため、冷麺の販売の増減により中華麺の一玉当たりの麺類売上金額の数値が大幅に変動し、冷麺の売上も冷夏か猛暑かによって大幅な変動がある(昭和六二年の真夏日が四二日、昭和六三年のそれが一五日、平成元年のそれが三九日である。)から、三年にわたって同一の売上高で推移することはあり得ない。このように販売条件の季節変動の実態を無視し、平成二年九月二七日から同年一〇月二三日までのわずか二七日間に係る平均売上金額の数値をもとにされた本件各係争年分全年の総収入金額に係る推計は合理性がない。

(三) 被控訴人は、本件各係争年分の中華麺の全仕入量をもって推計の基礎としているが、これによれば、控訴人は前年度に余った中華麺を年末年始の休みを挟んで新年に販売していたことになる(また、控訴人は平成元年には台湾旅行のため四日にわたって店を閉めていた。)が、通常、飲食店では、数日にわたる休業日を前に余った材料は、従業員に持ち帰らせるか、自家消費に回し、それでも処分できないものは生ごみとして処理しているのであって、右推計はこのような飲食店の営業実態を無視しており、売上に反映していない中華麺までをも計算の基礎に組み込んでいる本件推計では過大に総収入金額を計上していることになり、推計の合理性を欠くものである。

2  必要経費に係る推計の必要性の欠如

被控訴人は、控訴人の必要経費の算定に当たり、強力な反面調査を実施し、実額で算定したものであるところ、そのうち、幸夫に対する支払賃金の額を全額必要経費に算入せずに白色申告者の事業専従者としたことに誤りがあったけれども、その点は、白色申告者の事業専従者控除額を減算し、幸夫に対する各年の支払賃金の額を必要経費に算入するをもって足りるから、推計の必要性はなかったのである。

3  必要経費に係る推計方法の不合理性

(一) 控訴人は、幸夫を含めて四人の使用人を雇用し、これらの者に対して必要経費となる賃金給与を支払っており、青色事業専従者のいない事業主ということになるから、特前所得金額の算定の基礎となる平均特前所得率算定のためのサンプル事業主として選別された対象者の総収入金額の算定には、〈1〉青色事業専従者のいない対象者を選別すること、〈2〉青色事業専従者のいる場合は青色事業専従者に対する右各暦年の青色事業専従者給与を必要経費としての賃金に加算して所得を算定することが必要であるのに、被控訴人が控訴人の所得を推計するために用いたサンプルは、使用人のうち何名かが青色事業専従者である事例であり、推計に際して右青色事業専従者に対する給与を除外して所得率を算定しているのであって、青色事業専従者がいるにもかかわらず、特前所得として青色事業専従者に対する給与の支払額を必要経費に算入せずに所得率を算定して行った本件推計課税は違法である。

(二) 被控訴人の主張するサンプル事業者の特前所得率をみると、総収入金額が増加すると特前所得率が逓減しており、控訴人の営む中華そば、中華料理業にあっては、総収入金額が増えるほど多くの従業員の労働力を必要とするため、青色事業専従者以外の一般従業員の労働力に依存することとなり、特前所得率が低下するのである。このように、特前所得率の平均値は何らの合理性もない数値であって、これに基づく推計課税は違法である。

(三) 被控訴人の推計に係る控訴人の本件各年分の推計による総収入金額は、いずれも二〇〇〇万円を超えるものとされており、被控訴人の主張するサンプル事業者の中でも最も高額とされている。前記(二)のとおり、総収入金額が増加すると特前所得率が逓減するのであり、その原因は家族労働者以外の雇用労働者に対する支払賃金にある。控訴人は、右サンプル中、最も特前所得率が低率となるから、対象同業者の単純な総平均によって控訴人の特前所得率を算定したことは著しく不合理である。

(四) 被控訴人が特前所得率の推計をするに際して用いた同業者のうち、原判決別紙六(昭和六二年分)の対象者の記号欄F、同別紙七(昭和六三年分)の対象者の記号欄H、同別紙八(平成元年分)の対象者の記号欄Gは、同一事業者であり、昭和六二年分の青色決算書によると給料賃金は八四万三〇〇〇円、青色事業専従者給与は二四〇万円であり、昭和六三年分の青色決算書による給料賃金は七五万九五〇〇円、青色事業専従者給与は二五二万円であり、平成元年分の青色決算書によると給料賃金は七三万五〇〇〇円、青色事業専従者給与は二五〇万円である。この事業者は、年間七、八〇万円というパート労働者一名のみを一般労働者として使用し、その余の労働力を事業者の父母に依存しており、このような場合の特前所得率が高率となることはいうまでもない。これに対して、控訴人は、生計を一にしない幸夫を雇用し、同人に支払った賃金全額が給料賃金として必要経費となるところ、本件各事業年度の控訴人の同業者として漏れなく抽出したと称する同業者の抽出基準は、単に、「給与賃金の支払がある従業員のいる者」という形式基準にすぎず、その中には年間七、八〇万円の賃金のパート従業員が一名いることを理由に、幸夫のような年間三〇〇万円余の賃金従業員がいる場合も同様に取り扱って、その経費を評価控除済みであるとすることは、推計の合理性を著しく欠くものといえる。幸夫に対する本件各係争年分の支払賃金額を控訴人の必要経費に算入して特前所得率を計算すると昭和六二年が一六・四〇パーセント、昭和六三年が一四・八〇パーセント、平成元年が一五・八〇パーセントとなる。

(五) 推計方法として合理性があると考えられる手法の一つに、売上原価を除く必要経費を一般経費と特別経費とに二分し、前者は同業者率で推計するが、後者は事業主が実際に支出すべき金額を個別に認定し控除する方式、すなわち、特別経費実額控除方式がある。本件で特別経費として最も重要なのは、給料、賃金である。したがって、同業者の一般経費率によって所得率を算定し、当該所得率を推計に係る総収入金額に乗じて得た金額から減価償却費及び幸夫を含む各年の給料賃金を控除して得た金額をもって所得金額とするのが合理的であり、かつ、容易に算定可能な方法であった。したがって、特前所得率のみを基準としてされた必要経費の算定は合理性を欠くものである。

(六) また、それ以外の推計方法として、被控訴人の主張に係るサンプルの所得率を青色事業専従者に対する給与支払後の所得で算定する方法が考えられる。このような方法で算定をすれば、必要経費として認められなければならない給与、賃金を含めて所得を算定することができる。所得税法五六条、五七条は、いずれも生計を一にする親族に対する給与の支払がある場合の規定であるが、控訴人は、生計を一にする親族に対しては給与の支払を行っておらず、控訴人が支払った給与はすべて必要経費に算入されなければならない金額であるから、青色事業専従者に対する給与支払後の所得で所得率を算定する方法は、同条に違反するものではない。

三  当審における被控訴人の主張

1  控訴人は、控訴審に至って初めて、被控訴人のした推計には合理性がない旨の主張をするが、控訴人の右主張は、国税通則法一一六条又は民事訴訟法一三九条一項に規定する時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきである。

2  国税通則法一一六条の規定が適用される「事実」は、「必要経費又は損金の額の存在その他これに類する有利な事実」に限られるとされているが、一般に、所得税法上、事業所得の金額は、総収入金額から必要経費を控除して求められることとされているので、総収入金額が減額になるか又は必要経費が増額になれば、所得金額は減少することとなるので、課税処分取消訴訟において、納税者は、所得税に関していずれかを主張することになるが、右規定が適用されるのは、そのうちの必要経費が過少であると主張する場合に限られ、総収入金額が過大であると主張する場合は含まれないと解されている。しかし、殊に推計課税については、納税者が課税庁の推計の合理性を争う場合、裁判実務上、納税者の側は推計の合理性そのものを争うことができるし、いわゆる実額反証をもって争うこともできるとされているから、推計の合理性が争われる場合において、国税通則法一一六条の規定が適用されるのは、右のような必要経費が過少であると主張する場合に限られると解するのはむしろ不合理であり、同条に規定する「必要経費又は損金の額の存在その他これに類する有利な事実」には、推計の合理性の不存在を基礎付ける事実等も当然その範疇に含まれると解すべきである。

3  被控訴人は、原審の第三回口頭弁論期日において、本件推計課税の必要性及び合理性について主張するとともに、書証を提出して一応の主張立証を終えており、控訴人は、必要経費の存在その他これに類する自己に有利な事実につき課税処分の基礎とされた事実と異なる旨の主張をしようとするときは、被控訴人が推計の合理性を主張した原審第三回口頭弁論期日以降、遅滞なくその異なる事実を具体的に主張し、立証しなければならない。ところが、控訴人は、原審においては、幸夫が所得税法五六条に規定する「生計を一にする親族」に該当するかどうかが本件における唯一の争点であると明言し、被控訴人の主張する推計の必要性及び合理性については一切争うことをせず、専ら控訴人の実弟である幸夫と控訴人とは生計を一にしていないから、幸夫に支払った金員は青色事業専従者給与ではなく従業員に対する給与であるとして争ったのである。しかるに、控訴人は、控訴審に至って初めて、被控訴人の推計の必要性及び合理性の主張に対して反論をするとともに証拠を提出したのであって、右争点について何ら争わなかった控訴人が控訴審において初めて主張した本件推計課税の合理性を争うとの主張は、国税通則法一一六条の規定により却下を免れない。

4  また、右のような事情のもとでは、控訴人の右主張は、故意又は重大な過失により、時機に後れた攻撃防御方法を提出するものであって、民事訴訟法一三九条一項の規定により却下を免れない。

第三証拠

証拠関係は、原審及び当審記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因について

請求原因1及び2の各事実は当事者間に争いがない。

二  推計の必要性について

証拠(乙二、二五、控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、抗弁1(一)の事実が認められ、これによれば、控訴人の本件各係争年分の事業所得の金額の計算に当たっては、推計の方法を用いる必要性があるものと認められる。

これに対して、控訴人は、被控訴人が、控訴人の必要経費の算定に当たり、強力な反面調査を実施し、実額で算定したものであるから、推計の必要性はなかったと主張するが、前掲証拠によば、売上、仕入及び必要経費の金額について、控訴人の提出に係る資料によっても、その裏付けが十分ではないことが認められるところ、被控訴人の行った反面調査によってこれが解明されたと認め得る証拠もないから、控訴人の右主張は採用することができない。

三  推計の合理性を争う控訴人の主張の適否について

1  被控訴人は、控訴人の本件各係争年分の事業所得の金額を推計するに当たっては、事業所得に係る総収入金額を推計したうえ、これに同業者の平均特前所得率を乗じる方法を用いて算定するのが相当であると主張する対し、控訴人は、当審において、右推計方法には合理性がないとして、前記のとおり、るる主張するところ、被控訴人は、控訴人の右主張は、国税通則法一一六条又は民事訴訟法一三九条一項に規定する時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきである旨主張する。

2  しかしながら、控訴人が当審において被控訴人の採用した推計方法には合理性がないとして主張する内容をみると、いずれも、被控訴人のした推計の手法の誤りを控訴人の事業内容に則して指摘し、特に、必要経費に関しては、推計の資料に用いた他の同業者の必要経費を算定する要素が控訴人のそれと大きく異なるため、これを推計の資料として用いることには合理性がないことを指摘して、その推計の合理性を争い、あるいは被控訴人の採用した推計方法とは異なる推計方法を用いるべきであると主張するにすぎない。したがって、控訴人が当審において推計の合理性を争うとして主張するところは、国税通則法一一六条一項の規定にいう「必要経費又は損金の額の存在その他これに類する有利な事実につき課税処分の基礎とされた事実と異なる旨を主張」するものとはいえないから、右規定に基づき控訴人の右主張の却下を求める被控訴人の申立ては理由がない。

3  また、控訴人は、原審においては、本件推計の合理性を争いつつも、積極的な反論をせず、かえって、原審第八回口頭弁論期日において陳述された平成七年九月二九日付準備書面(五)によれば、「本件訴訟の唯一の争点は、原告が営む本件各事業所得の金額の計算につき、原告が本件各暦年に原告の弟早川幸夫に支払った金員が、原告の事業に係る必要経費となるか否か、換言すれば、幸夫が所得税法五六条に規定する「生計を一にする親族」に該当するか否かにある」と断言までしていたことに徴すると、控訴人が、当審において初めて、被控訴人のした推計の合理性を争う旨主張することは、時機に後れた攻撃防御方法の主張として許されないようにもみえる。

ところが、原判決は、幸夫が生計を一にする親族に当たるか否かという控訴人が唯一の争点と考えていた点について、それがいずれであるにしても、被控訴人のした課税処分の違法性には消長を来さない旨判示して控訴人の請求を棄却する旨判決したため、控訴人は、控訴をして、改めて推計の合理性について反論をするに至ったものである。このような経緯に鑑みると、控訴人は、被控訴人の課税処分の違法性を主張するについては、幸夫が生計を一にする親族であるか否かを争点にすれば、本件訴訟の申立てを基礎付けるのに十分であると判断して、あえて推計の合理性について格別の反論には及ばなかったものと窺われるところ、そのように判断したことには故意又は重大な過失があったとまでは認めることができないから、控訴人の右主張が時機に後れた攻撃防御であるとは断じ難く、さらに、その主張は、専ら、原審において提出された主張立証に基づく反論というべきであって、それによって訴訟の完結を遅延せしめるものとはいえない。したがって、控訴人の右主張が時機に後れた攻撃防御方法であることを理由に却下も求める被控訴人の申立ては理由がない。

四  事業所得の推計と推計の合理性について

1  控訴人の本件各係争年分の総収入金額は、前記認定に係る推計を必要とする事情に照らすと、以下のとおり、これを推計するのが相当と解される。

(一)  すなわち、証拠(乙二五、二六の一ないし三、二七、二八、二九の一、二)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、営業に必要な中華麺を有限会社松下製麺所(以下「松下製麺所」という。)から仕入れていたこと、控訴人が松下製麺所から仕入れた中華麺の実総玉数は、昭和六二年が二万〇八七四玉、昭和六三年が二万一〇二〇玉、平成元年一月から同年三月までが四八六〇玉、同年四月から同年一二月までが一万五二八〇玉であること、控訴人が営業の過程で作成したレジペーパーによると、平成二年九月二七日から同年一〇月二三日までの期間(以下「本件売上期間」という。)における控訴人の実売上金額は一三三万六二三〇円であること、控訴人が本件売上期間に松下製麺所から仕入れた中華麺の実玉数は一〇三五玉であること、そこで本件売上期間中の売上金額一三三万六二三〇円をその間に仕入れた中華麺の実玉数で割った中華麺一玉当たりの売上金額を求めると、一二九一・〇四円となること、控訴人は平成元年四月一日に不定率の料金改定を行っているので、本件売上期間中の売上金額から得られた中華麺一玉当たりの売上金額の数値を料金改定前の売上金額の計算に用いるための調整率を算定するために、本件売上期間中の控訴人作成に係る「御会計票」に記載された売上品目を右改定前の旧料金で計算し直した金額(新規の品目についてはその料金額)を右売上品目の実際の売上金額の合計金額で割って得られた比率(料金改定後の料金で計算した売上金額に対する料金改定前の料金で計算した売上金額の平均倍率)は、被控訴人の主張する調整率である〇・九〇一二を下回るものではないことが認められる。

右認定事実によれば、控訴人の本件各係争年分の総収入金額は、原判決別紙四及び五に記載のように算定することができ、したがって、抗弁2(一)記載のとおり、昭和六二年分は二四二八万六五九一円、昭和六三年分は二四四五万六四六〇円、平成元年分は二五三八万一六二九円をそれぞれ下回るものではないものと推計することができる。

(二)  これに対して、控訴人は、効率法における推計の目的となる数値(生産量、売上金額等)は、これと確実に因果関係の認められる数量を基礎に、合理的に計測されたその数量、単位当たりの数値によって算定されなければならないのに、売上高と中華麺の消費量との間に一定の関連性(因果関係)が認められるのは、麺類部門の売上のみであり、残りの部門の商品については、その売上高は中華麺の消費量とは全く無関係であるから、被控訴人は、控訴人の売上を少なくとも麺類、料理類及び飲物類の三系統以上に分けて集計し、各系統の各売上金額をこれに対応する原材料である麺玉、米及び飲物等の対応関係の認められる品目の消費量によって推計すべきであると主張するけれども、証拠(乙二八、二九の一、二)によれば、控訴人の料理品目は前菜類(三品目)、魚貝類(五品目、平成元年四月前は八品目)、牛肉類(三品目)、豚肉類(五品目、平成元年四月前は六品目)、鳥肉類(七品目、平成元年四月前は六品目)、豆腐・玉子類(五品目)、野菜類(三品目)、スープ類(四品目)、麺類(一八品目)、飯類(八品目)、点心・デザート類(六品目、平成元年四月前は五品目)の一一部門六七品目(平成元年四月前は六九品目)に分けられており、単価は飯類部門のザーサイの二〇〇円(平成元年四月前は一〇〇円)から魚貝類部門の小海老の辛子ソース煮などの九八〇円(平成元年四月前は魚貝類部門のアワビの醤油煮込みなどの一一〇〇円)までの金額であること、全部門を通じて最も品目数の多い麺類の品目をみると、ラーメン、玉子スープソバ、もやしそば、タンメン、五目あんかけソバ、チャーシューメン、豚肉の細切ソバ、マーボーソバ、海産物ソバ、鳥からあげソバ、五目焼きソバ、豚肉の細切り焼きソバ、牛肉の細切り焼きソバ、ギョーザソバ、海老ソバ、冷しソバ、お子様ラーメンと多岐にわたっており、飯類を除く他の部門の材料を用いた品目が揃っていること、麺類の部門の単価は四五〇円から七五〇円(平成元年四月前は四〇〇円から七〇〇円)であり、全品目の単価の中間的な部分を占めていること、本件売上期間中の御会計票二五一票中、麺類の売上の記載されているものは一六三票であり、全体の約六五パーセントを占めていることが認められる。

右認定事実によれば、控訴人は、中華料理店として、多数の料理品目を掲げてはいるが、その実体は、中華麺類を代表的な料理部門としてその部門の売上を主軸とした営業であると考えられるから、控訴人の中華麺の仕入玉数と売上金額との間には相関関係があり、その仕入玉数が増加するのに伴って売上金額も増加するものと推認するのが相当である。したがって、控訴人の売上金額と相関関係にあると認められる中華麺の仕入玉数からその売上金額を推計することには合理性があるというべきである。売上を麺類、料理類及び飲物類の三系統以上に分けて集計し、各系統の各売上金額をこれに対応する原材料である麺玉、米及び飲物等の対応関係の認められる品目の消費量によって推計すべきであるとの控訴人の主張は、資料収集の可能性等を度外視すれば、推計の精度を高める可能性があるようにみえるが、そのように分けてみた場合でも、麺類と飯類及び飲物類以外の部門の売上をどの部門に関連付けて振り分けるかについては容易に確定し難いというべきであって、その方法による推計に合理性があるとはいい難く、控訴人の右主張は採用することができない。

なお、控訴人は、被控訴人が、麺類以外の主要な原材料についても本来の正当な手法によって容易に控訴人の総収入金額を推計し得たし、また、真摯にこれを行うべき義務があったと主張するけれども、米を除いた原材料の実際の仕入内容をすべて具体的に把握しえたと認めうる証拠はないし、麺類と米類に分けても、それ以外の部門の売上をどの部門に関連付けて振り分けるかについては容易に確定し難いことは前記のとおりであって、結局、中華麺の実際の仕入個数から総売上金額を推計することに合理性があると認められる以上は、控訴人の右主張は採用することができない。

(三)  また、控訴人は、麺類部門の売上にしか及ばない効率法による推計の妥当性を他の部門の売上全部に及ぼすためには、まず、本件売上期間における中華麺の一玉当たりの麺類売上金額と当該期間の属さない他の年分の通年の中華麺の一玉当たりの麺類売上金額とが概ね一致していなければならず、また、麺類売上が発生したときに麺類以外の部門の売上が発生することにより成立する総売上倍率、換言すれば、総売上に占める麺類売上の構成比率は概ね一致していなければならないと主張するが、前認定のとおり、控訴人の中華麺の仕入玉数と売上金額との間には相関関係があり、その仕入玉数が増加するのに伴って売上金額も増加するものと認められるところ、特に本件売上期間における中華麺の一玉当たりの麺類売上金額と当該期間の属さない他の年分の通年の中華麺の一玉当たりの麺類売上金額とが異なることを窺わせるような事情が認められない本件においては、それを超えて、いわば数学的な確率性をもった比例関係の証明がなければその数値から総売上を推計することには合理性がないと解すべきものではないから、控訴人の右主張は採用することができない。

(四)  次に、控訴人は、本件売上期間の売上金額をもって、本件各係争年分の各売上金額算定の基本的な数値とすることは、季節による営業実態の変動を反映しておらず、合理性がないとして、毎年五月から九月中旬の季節商品である冷麺を例にして、冷麺を一人前作るのに中華麺一・五玉を要するため、冷麺の販売の増減により中華麺の一玉当たりの麺類売上金額の数値が大幅に変動することを挙げ、販売条件の季節変動の実態を無視し、平成二年九月二七日から同年一〇月二三日までのわずか二七日間に係る平均売上金額を数値をもとにされた本件各係争年分全年の総収入金額に係る推計は合理性がないと主張する。

しかし、飲食店営業においては、同じ中華麺という材料を用いた料理品目でもそれに他の材料を付加することによって異なる料理品目としたうえ、その材料の金額に見合った料金を設定することが通常の営業形態であると考えられるのであって、冷麺の場合にも、同様に、中華麺の使用量とその他の材料の付加の程度に見合った料金が設定されているものと解されるから(因みに、乙二九の一、二によれば、ラーメンは四五〇円(平成元年四月前は四〇〇円)であるのに対し、冷麺は六五〇円(前同五八〇円)とほぼその一・五倍の料金である。)、中華麺の使用量が他の麺類商品とは異なるからといって、これを売上金額の推計に用いることの合理性を失わせるものと即断することはできない。したがって、控訴人の右主張は採用することができない。

(五)  また、控訴人は、通常、飲食店では、数日にわたる休業日を前に余った材料は、従業員に持ち帰らせるか、自家消費に回し、それでも処分できないものは生ごみとして処理しているのであって、被控訴人の推計はこのような飲食店の営業実態を無視しており、売上に反映していない中華麺までを計算の基礎に組み込んでいる本件推計では過大に総収入金額を計上していることになり、推計の合理性を欠くものであると主張する。

しかしながら、控訴人の主張するような休業は予め予想できるものであり、昭和五五年以降中華料理店を営業していた控訴人(この点は、原審における控訴人本人尋問の結果により認める。)は、それまでの売上実績等から判断して、適宜仕入れ等を調整しているものと考えられるし、それでも生じる余剰分については、その数量を確定しうる証拠はないが、通常はごく僅かな数量であって、一年を通じた総計の中に占める割合としては微量と解して妨げないものと思われるから、このような点を考慮しないことから、その推計が合理性を欠くものとはいえない。したがって、控訴人の右主張は採用することができない。

2(一)  次に、控訴人の本件各係争年分の特前所得金額については、当裁判所も、被控訴人の主張するような同業者の平均特前所得率を用いて推計するのが相当であると判断するものであり、その理由は、原判決理由説示(原判決二七頁三行目から二八頁六行目及び同二八頁八行目から二九頁一行目まで)のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決二八頁九行目の「次の金額」の次に「を下回らないもの」を加える。)。

(二)  これに対して、控訴人は、幸夫を含めて四人の使用人を雇用し、これらの者に対して必要経費となる賃金給与を支払っており、青色事業専従者のいない事業主ということになるから、特前所得金額の算定の基礎となる平均特前所得率算定のためのサンプル事業主として選別された対象者の総収入金額の算定には、〈1〉青色事業専従者のいない対象者を選別すること、〈2〉青色事業専従者のいる場合は青色事業専従者に対する右各暦年の青色事業専従者給与を必要経費としての賃金に加算して所得を算定することが必要であるのに、被控訴人が控訴人の所得を推計するのに用いたサンプルは、使用人のうち何名かが青色事業専従者である事例であり、推計に際して右青色事業専従者に対する給与を除外して所得率を算定しているのであって、青色事業専従者がいるにもかかわらず、特前所得として青色事業専従者に対する給与の支払額を必要経費に算入せずに所得率を算定して行った本件推計課税は違法であると主張する。

しかしながら、青色事業専従者は、居住者と生計を一にする配偶者その他の親族であり、所得税法五六条及び五七所の規定によれば、その居住者の営む事業所得等を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受けても、その対価に相当する金額は必要経費に算入することができず、事業専従者の区分にしたがい四五万円、六〇万円(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの。同法による改正後は四七万円、八〇万円。平成六年法律第一〇九号による改正後は五〇万円、八六万円。)の限度で必要経費に算入することができるにすぎない。このような法の趣旨に鑑みると、事業専従者が右金額を超える対価の支払を受けていたとしても、それは、一般的には、その事業所得を得るのに要する経費には当たらないと解されるところ、本件において、特にこれと異なり、右対価の全額が経費に当たると解すべき特段の事情も窺えないから、控訴人が主張するように、特前所得金額の算定の基礎となる平均特前所得率算定のためのサンプル事業主として選別された対象者の総収入金額の算定には、〈1〉青色事業専従者のいない対象者を選別すること、〈2〉青色事業専従者のいる場合は青色事業専従者に対する右各暦年の青色事業専従者給与を必要経費としての賃金に加算して所得を算定することが必要であるなどとはいえないことが明らかであって、控訴人の右主張は理由がない。

(三)  また、控訴人は、被控訴人の主張するサンプル事業者の特前所得率をみると、総収入金額が増加すると特前所得率が逓減しており、控訴人の営む中華そば、中華料理業にあっては、総収入金額が増えるほど多くの従業員の労働力を必要するため、青色事業専従者以外の一般従業員の労働力に依存することとなり、特前所得率が低下するのであって、特前所得率の平均値は何らの合理性もない数値であると主張し、さらに、この主張を前提として、被控訴人の推計に係る控訴人の本件各年分の推計による総収入金額は、いずれも二〇〇〇万円を超えるものとされており、被控訴人の主張するサンプル事業者の中でも最も高額とされているため、控訴人は、右サンプル中、最も特前所得率が低率となるから、対象同業者の単純な総平均によって、控訴人の特前所得率を算定したことは著しく不合理であると主張する。

しかしながら、原判決別紙六ないし八の同業者率算定表に示された総収入金額と特前所得金額及び特前所得率を見ると、総収入金額の多い業者が常に特前所得率が低いというわけではないことが明らかであるから、控訴人の右主張は、その前提を欠くものであって、理由がない。

(四)  また、控訴人は、被控訴人が特前所得率の推計をするに際して用いた同業者のうち、原判決別紙六(昭和六二年分)の対象者の記号欄F、同別紙七(昭和六三年分)の対象者の記号欄H、同別紙八(平成元年分)の対象者の記号欄Gは、同一事業者であるが、その給与賃金が年間七、八〇万円にすぎないパートの従業員が一名いることを理由に、幸夫のように年間三〇〇万円余の賃金の従業員がいる場合も同様に取り扱うことは推計の合理性を著しく欠くと主張するけれども、同業者率を算定するに当たって用いた資料の中に、控訴人が主張するような控訴人の事業における従業員給与の異なるものがあるとはいっても、同業者の平均値による推計の場合には、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は平均化により捨象されていると解されるから、右のように給与額が異なる従業員がいるからといって、それだけで、右資料が同業者率の算定に当たって用いるべきでない資料であり、ひいては、右推計が不合理であるということにはならない。

(五)  控訴人は、推計方法として合理性があると考えられる手法の一つに、特別経費実額控除方式があり、本件で特別経費として最も重要なのは、給料、賃金であるから、同業者の一般経費率によって所得率を算定し、当該所得率を推計に係る総収入金額に乗じて得た金額から減価償却費及び幸夫を含む各年の給料賃金を控除して得た金額をもって所得金額とするのが合理的であり、かつ、容易に算定可能な方法であったとして、特前所得率のみを基準としてされた必要経費の算定は合理性を欠くと主張するが、右主張を前提としても、特前所得金額を推計によって求めた前記推計方法が不合理であるということはできない。

(六)  また、控訴人は、被控訴人の主張に係るサンプルの所得率を青色事業専従者に対する給与支払後の所得で算定する方法で算定をすれば、必要経費として認められなければならない給与、賃金を含めて所得を算定することができると主張するが、右主張を前提としても、特前所得金額を推計によって求めた前記推計方法が不合理であるということはできない。

3  そこで、事業専従者控除についてみるに、当裁判所も、幸夫が控訴人と生計を一にする親族であるかどうかにかかわらず、控訴人の事業所得の金額は、本件各更正処分における事業所得の金額を上回ることが明らかであるから、右の点は、本件各更正処分の違法性を左右するものではないと判断するものであり、その理由は、原判決理由説示(原判決二九頁三行目から三一頁七行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

五  結論

以上の認定判断によれば、控訴人の本件各係争年分の事業所得の金額は、昭和六二年分が六七一万二一一六円、昭和六三年分が六四四万一八三〇円、平成元年分が七一九万〇一七六円を下回らないものと認められるから、原判決別紙一ないし三記載の本件各更正処分において認定された事業所得の金額を上回ることは明らかであって、本件各更正処分には、控訴人が指摘するような違法はなく、適法というべきであり、その一部取消を求める控訴人の本件請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。よって、控訴費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水利亮 裁判官 小林亘 裁判官 佐藤陽一)

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